2006年IUCN ラン部会日本支部ー共催:日本植物園協会ランの保全について考える(2006/11/3)
・専門家,植物園関係者だけではなく,環境省の方,保全現場で活動している方々,趣味家,教育現場の方など非常に多くの方々に集まって頂いた.長期的に安定したランの保全活動を行うには,様々な立場の方が協力し,多面的多角的なアプローチが必要である.しかし,これまで日本のラン保全について,このような多くの立場にある方々が集まり,話し合う機会がなかった.このような場を持つことが出来たことが重要である.今回は自生地復元に必要な「植え戻し」の持つ問題点について意見交換を行うとともに、そのガイドラインが,具体的に活動にどう反映できるか?ガイドラインの問題点などについて,話し合いが行われました.
その内容を公開いたししますので、参考にして下さい。
- パネラー等
- 司会進行: 齊藤亀三(IUCN)
- 環境省曽宮和夫氏: 保全に関する国の対策と保全の現状について解説とアドバイスをいただきました.
- 小石川植物園の平井一則氏: ホシツルランやアサヒエビネをはじめとする小笠原の保全活動についてご紹介いただきました.
- 森林総合研究所の河原孝行氏: 保全遺伝学的見地からのコメントをいただきました.
- 秋田県立大学三吉一光氏: 園芸学的見地からのコメントをいただきました.
- その後、参加者も交えて総合討論が行われました.
- 会議の内容
- 1.活動前に
- *植え戻しを行う前に、実施の必要性が検討されているだろうか?
- *現地調査の重要性:植え戻しの計画段階で分布状況、自生環境の把握など、現地調査を充分に行わないと活着できない。
- *個体数減少の原因究明:自然繁殖が出来ない原因の究明・・・開発、盗掘、移入動植物、周辺の環境変化、自然災害、気象変動のどれか?
- *種ごとの花粉媒介者、菌根菌、食害昆虫、病原菌を把握し、適した環境の回復を目指す.
- *植え戻しを行わなくとも、周辺の環境を整えることで自然回復することもある.・・・レブンアツモリソウは、本来ひらけた場所に生育するので、駐車場をつくるためにササを刈ったところ、恐らく休眠していたと思われるレブンアツモリソウが生えたきたことがある.
- *生物間相互作用による群の消長を調査・観察する.
- *自然繁殖が望めない状況の種属を対象とする.
- *自然繁殖が不可能となり、植え戻しが必要となる個体数を、種属ごとに把握する必要がある.
- *生育地における盗掘防止策が必要.
- *繁殖特性の把握:種属による生育特性、繁殖特性の把握し、最も有効な繁殖技術を適用すべき.
- *もともと稀で、散発的に発見される種の植え戻しは必要か?
- *腐生ランなど、栽培が可能か?不可能か?を把握し、栽培不可能な種では、自生地の環境保全、回復を重視すべき.
- *事業のマスタープラン計画時に、過去の自生状況を精査し、何個体まで回復するかなど、自生地復元の目的に沿った最終目標を設定する.
- *地元の方々の協働関係の確立が重要.
- 2.活動のリスク
- *遺伝子汚染:他の遺伝子プールから持ち込まれたものは、元の集団の遺伝子プールを汚染する.
- *培養苗がもたらす危険:ウィルスの持込み.
- *馴化時の土壌にまぎれて外来生物が持ち込まれる危険性がある,
- *無菌培養によって突然変異株(倍数体、異数体等)が生じる危険性.
- *培養苗を戻すことにより、同じクローンばかりが植え込まれる可能性がある.
- *ラベルの誤り:他系統を保持していることによるラベル間違いの危険性
- *自生地の生態系を人為的にかく乱する危険:他の希少植物など生態系全体に対する配慮が重要.
- *薬剤散布等も適切な判断が要求される.
- 3.活動に際して
- *遺伝的かく乱を避けるため、隔離栽培されている系統保存株の由来する種子だけを用いる.
- *異なる自生地に由来する繁殖苗は用いない.
- *病害虫を持ち込まない.
- *自生環境と生育特性に基づいて植栽地を設定する.この際、野生株に隣接しないことが望ましい.
- *周辺植生に配慮する.・・・小笠原では樹木の7割が固有種であるので、対象とする植物だけを繁殖させてはならない.
- *人的関与の許容範囲の基準を設け、かつ明確にしておく.
- *ポリネーターの存在を考慮して、植栽地を決める.
- *踏圧による自生地への影響の回避.・・・小笠原では土が粘土質であるため、踏圧の影響が大きい.
- *ウィルスチェック体制を整え、定期的検査が必要.
- *講演会等を通じ、地元の人達への周知活動と地元との協働による事業運営.・・・小笠原では地元の小学生を対象にしたムニンノボタンの植樹活動を実施した.
- *対象となるランの戸籍づくりとモニタリング:野生株、植え戻し株の区別を明確にし摘録する.実生株の記録、株ごとのモニタリングを行いデータベースとして管理する.
- 4.保全全般に関すること
- *計画に柔軟性を:公共事業では一度決めると数値目標や期限に縛られがちであるが、自然相手なので柔軟性が必要.
- *計画の情報公開、関連した諸団体との情報交換が大切.
- *盗掘に対する防止策を講じる.
- *自生地への採集圧を減ずるため、野生ラン市場へ大量の人工繁殖株の供給増加で市場を飽和させる.・・・ウチョウラン市場がこの例に該当する.
- *研究者と愛好家の連携の強化を図り、より有効な保全活動を展開する.
- 5.ウィルス問題について
- *ウィルスチェックは非常に困難で、何年間か栽培された株を植え戻す場合には、感染リスクがあるが、確認が困難である.
- *ウィルスの分類、生態、そしてそれらの分布についても不明な点が多い.また、ウィルスの性質上、常に新種の出現のリスクがある.特に植物に関しては、現時点で万全を期することは非常に難しい.
- 6.その他の問題
- *主目的が、自生地の復元でなく、保護活動自体が目的となっているケースがある.
- *植え戻し活動は、環境教育としての意義も深いが、時に活動内容が間違っているケースも見うけられる.
- *植え戻すことで個体数を増やすことが出来ても、次の展開で行きづまってしまうこともある.
- *自生地復元とは別に、観光目的のラン園をつくって啓蒙活動を行い、別に生物学的に復元した自生地の保護、復元を図ることも有効である.
- *観光ラン園では、人工的にかつ観光用に増殖したものであることを明示する.
- *誰もが参加出来る「植え戻し」に関するフォーラム等を開催し、「植え戻し」には意義もあるが問題点もあることについての啓蒙活動が必要である.